2009年5月10日日曜日

遭遇(事件編)

    ***脅迫電話***


 或る日の事、家に一本の電話が…受話器を取ると、『ビー』と言う音がした後に、

「Kさんのお宅ですか?」と、人懐っこそうな男の人の声が…。

ちょっと不自然に思った…何故なら、ここは役宅であるから。

 当時、父親は東本願寺宗務総長と言う役職に就いていた。任期期間は総長や他の役職の者もそれぞれ役宅なるものを当てがわれている。…

 常の電話での第一声は「総長役宅でしょうか?」と言われ、名指しで呼ばれるのは殆ど無く、役職で呼ばれるのだ…

 「君、娘さん?お父さんは居るかなぁ?」
と、
「いえ、宗務所に勤務しておりますが…直通の番号は有ります…」
「じゃあ、教えてもらえる?」
「あ、はい。」

いつもだったら記憶している直通の番号、何故かその時は思い出せず、暫く待たせてしまって…
「済みません」と言おうとしたら、電話は既に切られていた。


 それから数日経った日、その日は撮影所前の喫茶店で知り合ったアッちゃんとその彼氏と3人で…(今思うと、丸っきしお邪魔虫だったな!)プールへ行ってしこたま遊んで…4時頃役宅に帰り着いたのだが、玄関のドアを開けると・・・靴、靴、靴、靴のオンパレード。それも、履き古された物が殆どで、

「何事?」と、息を呑みながら居間へ入った。


 居間の障子ガラスの向こうでは、深刻な顔した(中には強面の…)中年のおじさん達が所狭しと座っていた。

 障子を開けたら、一斉にこちらを振り向き…その中の一人が(父親の部下的存在)事の成り行きを説明してくれた。



・・・東本願寺宗務所に脅迫電話が入ったそうで…いくらかの金額を要求するとの事。
 その金額を用意しなければ東本願寺に『迫撃砲』を打つ!と言った内容だった。

 「何故、役宅に?…」
 「金額の詳細を総長役宅か宗務所にすると、連絡が有ったそうです。」

 そこへ、ベテランらしい刑事さんが、
 「何か不審な電話はありませんでしたか?」
 「…そう言えば、…何日か前に…多分、受話器を取ったら〈ビー〉と言う音が鳴ったので公衆電話からだと思いますが…」と、この間の事を告げた。

 すると、一斉に刑事さん達がメモを取っていて…まるで刑事ドラマでも見ているかのように思えた。
 「年はいくつぐらいだった?」
 「他に気がついた事は?」
など、など、質問攻めに。

 電話を見ると、色んな装置が置いてあり、


 「もしかして、逆探知機ですか?」…(いよいよドラマっぽくなったな!)と、不謹慎にもワクワクしていた。
 「いえ、逆探知機はたくさんの配信を止めなければならないので、余り使用されていません。」

…なんだ、ちょっとガッカリ。(オイッ)

 「これは、録音テープです。…犯人から連絡が有った場合は、ここを押して…」と、機械の説明をされた。
 刑事さん達は暫くの間、犯人からの連絡を待って待機していたが、その日には連絡は来なかった。



 それから1~2日後の昼、一本の電話が…

(これまでも、電話が鳴る度、ビクッ!と驚いて慌てて録音のスイッチを押す…と言った事の作業をしていたのだが)

 「もしもし、」受話器を持ってそう言うと、『カチャッ!』と言う音が…その後から続く言葉は…予め声を変えられてテープに録音された声が…


 急いで録音の操作をし、話を聞いてみた。…テープからの声だったので、聞き取り辛かったが、紛れもなく脅迫電話…そこには要求金額が記されてあった。


 早速、宗務所に連絡を入れ、暫くすると父親と宗務所関係者と刑事数人が来て、眉間にしわを寄せながらテープの声に聞き入っていた。


…結局、受け渡しの場所、日時などと言った内容では無く、要求金額を×××銀行の△△△支店 〇〇〇〇まで、振り込め…との指定だった。

 (またまた不謹慎にも…直接受け渡しをする場合だったら?もしかして犯人が私を受け渡し人に指名していたら・・・・・・などなどの妄想が…)

 宗務所関係の人たちは、これからの対応に、刑事さん達は犯人像の推測に…役宅の居間は緊迫したムードに包まれていた。

 そこで出された結論は、このまま様子を見てみる…ということだった。

 念の為、と言う事で…父親が勤務している間は私一人になるので、
・ 事件が解決するまで、誰かを泊まり込みで待機させる。
と、言う事も、

 その日の夜、チャイムが鳴ったので出てみると、新聞社の記者が取材を申し込みに…
 (おお、ついに新聞沙汰になるのか…と、何かしらワクワク感が、)

 すぐさま宗務所の代表者(この事件に関しての応対者が決められていた)に応対してもらった。

・ 誰かを泊まり込みで待機させる。
 白羽の矢が刺さった人物は、当時宗務所勤務していた親戚の者(親同士が従兄弟・男性)と、短大時代の後輩(学科は違っていたが、顔だけは知っている・女性)ふたりだった。

 翌日早々にふたりは役宅に来てくれて、およそ緊迫とはほど遠い、のん~びりした性格のふたりなので、合宿気分のようだった。

 夕方、テレビを付けると、何とこの事件の事が、この役宅が画面に…んっ!…これは?

…画面は、表札のアップに…「うそっ~!」


…表札…任期の間だけの役職なので、ちゃんとした表札を用意しておらず、ただの白い紙に名字の『K』と書かれたものを画鋲で刺した、これ以上無いと言う安普請でこしらえたものが…アップに。

 見かけなどさほど気にしない私だが、こればかりはちゃんとした表札を掛けとけば良かったと反省した。

 ・・・結局、あれから何の連絡も来ないまま数日が過ぎ去って…もう、この事件の変動は見られないだろうと言う事で、刑事さんが事情聴取をとりに訪れた。

 刑事さんの話だと、「別件で逮捕した男性が、どうもこの事件の犯人では無かろうか?」と言う事だったが・・・
 早速、黒いスーツケースを開け、書類を出していたのだが、その中に刑事の『七つ道具?』なるものが…珍しがっていると、その中の一つの『手錠』を取って見せてくれた。

 ある程度、ことの成行きを思い出しながら話し、最後に刑事さんは、
 「早くこの事件の犯人が逮捕される事を願っています。…ですね?」
と、聞かれ
 「いえ、逮捕とかじゃなく…悪いことしたなぁと、気付いて更生してくれたなら…」
 「逮捕されてから気付けば良いのだから…。」
と、勝手に書いてしまっていた。


 この事件で、父親が一番憤慨していたのは?

 迫撃砲を打つと言う脅迫では無く、
 総長役宅に脅迫電話をしたと言う事では無く、

 「天下の東本願寺を相手に、要求金額が億単位では無く・・・たったの3200万円なんだ?…ケタが違うだろうケタが…非常にけしからん!」

と、言う事だった。

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