***踏切事故、その時私は…***
実家の傍には鹿児島本線が通っている。甥っ子たちが幼かった頃、泣いた時や機嫌が悪かった時には、よく汽車を見せに外に出ていったものだ。
それは、21~2歳の頃、マイカー(当時はスズキ セルボ)で出かけて帰宅する時の事だった。
自宅近くまでさしかかった踏切で、「カン・カン・カン・カン」と鐘が鳴り始めたので車を止めて待っていた。
すると、後ろから軽トラックが降りようとしていた遮断機をはじいて、踏切り内に入っていった。
一度は通り過ぎた線路の上をバックさせて再び線路の上に…
(自殺か?)そう思いながら「何やってるのよ!」と、言わんばかりに激しくクラクションを鳴らした。
既に遮断機は下りている…私は車から降りて辺りを見回した。
設置されている警報機は反対側にある。
もう、汽車が見えている…汽車は、線路内に居る軽トラックに気付き、汽笛?を鳴らしながらブレーキをかけていた。
だが、到底間に合わない!
…(どうしよう!)
そこで、私が最初にした行動とは?
・・・人って・・・やっぱり、自分が一番大事なんですね?
事故に巻き込まれないように自分の車を踏切から遠ざけ、それから再び車を降りて車の後ろに隠れて目を閉じ、耳をふさいでしゃがんでいました。
(ん?待てよ?…こんな機会って…滅多に有るもんじゃないよね?)
何故か冷静になってこう考え、事故の瞬間を見ないと損をするかのように思えて…立ちあがって、しっかり目に焼き付けました…
「キ~ッィー・ガッシャ~ン!」と、けたたましい音と共に軽トラックは50mほど汽車に引きづられて行き、止まった。
すばやくトラックの方へ駆けつけ、中の人は無事なのか確認しようとしたら、中から20歳位の男の人がフラフラ~っと、頭から血を流しながら出て来て…
それを見るなり、何か傷をおさえる物は…と、再び自分の車の中を探した。
有ったのは、ティッシュの箱、手ぬぐい、一応ブランド物のスポーツタオルと、3種類。
そこでまた思ったのが・・・
(事故現場の第一証人者として警察の人が家に来るかも知れない…はたまた、「その節はお世話になりました。」と、本人が来るかも知れない…その時に手ぬぐいを返されるのは恥ずかしいし、…よ~し、ここは思い切ってスポーツタオルを渡そう! )
スポーツタオルを持って彼のもとに走り、(その頃にはポツリ、ポツリと野次馬が集まりだして…)頭に当てがってあげて、人の目が届かない死角に誘い座らせた。
その後とった行動が、「救急車だ!」と、…ところがこっち側に家は…無い!向こう側に行くには止まっている汽車の下をくぐりぬけなければ…意を決して汽車の下をくぐり、一軒の家へ(うちの家のお隣さんになる)。
救急車をお願いして三度(みたび)彼のところへ歩いて行くのだが…その内に何で自殺を図ったのか…段々腹が立ってきた。
頬を一発殴ってやろうか?と思ったが、彼の顔を見てまた、頭から血を流していたのを見て辞めた。
救急車が来るまで、ただじっと傍に付き添っていただけだった。
救急車が来て、彼は自分で歩いて中に入っていった。
・・・結局、あれから何の連絡も無いし(事情徴収や彼本人のお礼)、少しは期待してたのに…
こうと分かってりゃあ、奮発してブランド物のタオルを渡すんじゃなかったな。
(タオルは弟のものだったので、後からしこたま叱られた)
その後、「あの程度の怪我で、救急車を呼ぶ必要は無かったのに…」と言う噂が耳に入った。
…うぅぅ、頭を怪我していたので大事をとっての行動だったのに…
…しかし、後から聞いた話だが、何ヵ月後かに今度は自分の家の納屋に火を付けて、焼身自殺を図ったそうだ。…健在だったのか亡くなったのか定かでは無いが、彼は、自衛官志望で訓練や人間関係に悩んで鬱になっていたと言う事だっだ。
ぼん子さん怖くなかったのですか?
返信削除私だったらきっと見ないだろうし、見なくてもトラウマみたいなって暫く眠れないかも。
事情聴取もお礼もないなんて「命」をなんて思っているのだろう?
救急車を呼んだのに大げさと言われるなんてひどい!
と、ひとりムッとしてしまった私です。
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返信削除めぐさん
返信削除いつもコメント有難うございます。
当然その日は興奮して眠れませんでしたが、ぶつかった車は原形を取り留めていましたので、汽車との事故にしては、さほど酷くない事故でしたからね。
この男性、実は前にも同じ所で同じ事をして…その時は内臓に支障をきたした怪我だったらしいです。
今思うと、この人は“死”というものしか考えられなかったのでしょうね。…残念です。
救急車の事、当時は「なんで?」と思いましたが、私がとった行動やその時に心の中で思ったことは、今となったは笑い話?に思えますね。…勿論、その男性が生存しているならば…ですが。