2009年4月3日金曜日

・・・彼女の一生とは?

   *** ミステリー編 ***

 「荒川さ~ん!荒川さ~ん!」…診療所の受付で、清算待ちの患者さんの名前を呼んでいた。
(んっ?新井さんだった…)カルテには、『新井』と書いてある。で、もう一度〈新井さ~ん!〉と呼んでみるが口から出てくる言葉は「荒川さ~ん!だった。それも普段呼んでいる声の大きさでは無く、大きな声で???えっ!何故?
夜7時、受付も終了し、少し落ち着いた頃だった。結局その日は同じミスを二回も繰り返していた。

 『荒川さん』…彼女の名前。
 あれから、診療所の都合でひとり辞めなければならない事態になって、希望者を聞かれていたのだが、誰も名乗らない。…当時私は、27歳にしてやっと独り暮らしを許され、生活出来る収入を得ないといけなかった。なので、名乗りは上げられず、暫く無言の時が続いた。
…「じゃあ、私良いですよ!結婚しているし、まだ二人だけのくらしだから。」と、犠牲的精神で名乗りを上げたのが彼女だった。

 彼女は今、子宮外妊娠の為、堕胎手術を受け入院していた。明日のシフトは入っていないので彼女のお見舞いに行くことにした。

 妊娠を喜んでいただけに、それも初めての子供なだけに…ショックは相当なものだっただろう。気落ちして当たり前だ…どんな顔して会えば良いのか、何を言ってあげれば良いのか、考えあぐねながらドアをノックした。
 入ってみると意外ににこやかな顔で迎え入れてくれ、私の見舞いに喜んでくれた。
彼女の喋り方に違和感を感じながら、色んな他愛もないおしゃべりをし、和やかな時間を過ごしていた。

 「そうそう、昨日ね何でか知らないけど、受付で患者さんを呼ぶ時に〈荒川さ~ん!〉って…ホントは違う名前なのに、荒川さんの名前を呼んでいたのよ…頭ではちゃんと分かっているんだけどね?何でだか口に出すと〈荒川さ~ん!〉になってしまうんよ。可笑しいでしょう?」
 「えっ!…それって何時頃?」
 彼女の顔が急にこわばった…なんでだろう?と思いながら
 「7時ぐらいだったかな?」
 「・・・・・・・・・・・・・」
 「んっ?どうしたの?」
 「それって…その時間…私、あなたの声聞いたの…」
 「えっ?」…意味が分からなかったが、彼女は真面目な顔で話し続けた。
 「私、夢を見たの…母を失って、子どもを失って…私がこんな境遇に居るのは、昔、私をいじめていた人たちに心の中で〈死んじゃえば良いのよっ!〉って思っていたからなんだってね。
 …そしたら意識の中でどこかに飛ばされて…気が付いたら、周りはコンピューターだらけの狭い部屋だった。
 …近づいて行くと、赤いボタンがあって、〈何だろう?〉と思いながら押してしまって…そしたら、目の前に大きなスクリーンが表れて映像が映ったのよ。…それは、ミサイルだった。
たくさんのミサイルが世界中に飛んで行って爆破し、たくさんの人が死んでいく映像だった。
 …私がこのボタンを押した性で、たくさんの人が死んだんだ…私の性だ!
 …私は生きていちゃいけないんだって、そう思って…目が覚めたら無意識の内に舌を噛んでいた…

 「えっ?」…ずっと前から鬱気味だったのは彼女の口から聞いていた。彼女は何もかも自分で背負ってしまう、人の性に出来ない優しい性格だった。
 優しいが故に背負い込み過ぎて、自分に負担をかけて壊れていく…
 「もっと人に背負わせても良いんだよ?逃げ道を作んないとしんどいよ。」
と、何度か言った事が有る。
 「そうだね!」と、ニコッ!と笑って言っていたのだが…
 「舌を噛んだ?」
 …そう言えば、彼女のかつれつに違和感を感じてはいたが、その性だったのか…。

 「そしたらまたどこかに飛ばされて…宇宙を飛んでた。
綺麗な宇宙だった。…ふと見れば、お母さんが私の子どもを抱っこして、私を見てたの。悲しんでるような、睨んでいるような…〈何か帰りなさい!〉って言っているようで…そしたら下の方で〈荒川さ~ん!〉って呼ぶ声がして…。そしたら引き寄せられていって…気が付いたらべットの中だった。
それが、7時頃だったって…あの声ってあなたの声だったのね?

 「・・・・・・・・・・」
全身に鳥肌が立ったのを覚えている。

2 件のコメント:

  1. それってboncoさんが彼女を死の淵から救ったってことですよね?
    ドラマや映画でしか見たことないですが、よく生死の境目にいる人を必死に呼んで、それで意識が戻る、彼女の話だとそうですよね。

    boncoさんの口から思っているのと違う言葉を発するのも本当に不思議ですね。
    潜在的にそういう力があるのかな?

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  2. めぐさん、

     いつも有難うございます。
    …今でも彼女の名前を呼んでいた光景は、自分でも不思議に思っています。
    しかし、彼女の口から聞かされた内容は、めぐさんがおっしゃられた通りの意味かととっています。

    ほんと、不思議な体験でした。

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